ブラジリアン柔術

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    1: 名無しさん@恐縮です 200/10/21(水) 15:36:16.91 ID:CAP_USER9
    いまから14年前、2006年に現役を引退したヒクソン・グレイシー。

    無敗伝説を誇った彼だが、実は若き日に敗北を経験していた。

    父エリオの前で喫した2度の負け試合とは何だったのか? そこから最強の男は如何にして「強靭なメンタル」を得たのか? ヒクソンを追い続ける気鋭のスポーツジャーナリストが深層に迫る。

    ■6歳の時、初めての試合で…

    『400戦無敗』

    最強の格闘家と呼ばれ続けたヒクソン・グレイシーに冠されたフレーズである。 (中略)

    ある時、私はヒクソンに尋ねた。

    400戦無敗というのは本当なのか? これまでに一度も負けたことがないのか、と。

    彼は静かな口調で答えた。

    「最初に言っておきたいのは、400戦無敗というフレーズは私が口にしたものではない。初めて日本で試合をした時に、プロモーターが冠せたものだ。確かに私は、これまでに400戦以上闘ってきた。

    だが、無敗ではない。二度、負けているんだ

    衝撃的な発言だった。では、その二度の敗北とは?

    「私が柔術の手ほどきを受けたのは、2歳の時だったと父・エリオから聞いている。そして柔術の試合に始めて出場したのが6歳の時。そこで私は判定で負けたんだ。幼心に悔しかったことをよく憶えている。あの日のことは、50年以上経ったいまでも忘れられない。

    負けた試合は、もう一つある。14歳の時の柔術の試合で、この時もポイント差によるものだった

    全文はソース元で

    https://news.yahoo.co.jp/articles/8c1c4857743d26ce6c290496e643ff304a04d337

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    943: 実況厳禁@名無しの格闘家 2020/10/11(日) 12:51:01.41 ID:Fb1xvRgT0
    今ヒクソン高田戦みると高田素人にしては意外と頑張ってるなて印象




    【【PRIDE】髙田延彦が23年前のヒクソン戦を振り返る「この日、私のプライドは闇に葬られた」】の続きを読む

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    202: 実況厳禁@名無しの格闘家 2020/10/08(木) 16:03:38.18 ID:JbIx4t9y0
    大みそかはきついかもしれんけど、地上波がない大会とかだったら内柴参戦は
    RIZINにとっては大きな話題作りになるとは思う。
    10月27日(火)東京・後楽園ホールにて開催されるグラップリングのみの格闘技イベント『QUINTET FIGHT NIGHT5 in TOKYO』に、04年・アテネ五輪、08年・北京五輪の柔道男子66kg級で金メダルを獲得した内柴正人(42)の参戦が発表された。

    内柴は、柔道時代の先輩である小見川道大率いる『TEAM WOLF』の5人目のメンバーとなる。(中略)


    現在は地元熊本県の温泉旅館に勤めている。  

    9月19日、内柴はSNSでクインテットの告知について「あーあーあーぁー。超羨ましい」と投稿しており、闘志をくすぶらせていたようだ。  

    2011年に準強姦容疑で逮捕され、5年の実刑判決を受け服役していた内柴。

    しかしクインテットのポスターでは、柔術着姿の内柴の横に「生きている限り、人は何度でも生まれ変われる」の文言が添えられている。  

    SNSでは現在マネージャーとして勤める温泉旅館で働く姿が多く投稿されており、ボイラー掃除やペンキ塗り、駐車場の整備など様々な業務に汗を流している。

    投稿では「ペンキだらけで柔道おじさんしました」「熊本の名門柔道部で練習して来たよ」と、仕事の傍ら指導や練習も行っている。

    「学生にもスタッフにも協力してもらって、僕の柔道をする時間を作って貰ってます」と周囲にも恵まれた環境のようだ。(全文は以下リンク先参照)


    https://news.yahoo.co.jp/articles/12f570180e93962ffe2c85724f838b36f3f8ad90



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    1: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2020/07/15(水) 22:44:13.478 ID:bTY3RDns0
    グレイシーバッハってとこでやってる
    ブラジリアン柔術(ブラジリアンじゅうじゅつ、葡: jiu-jitsu brasileiro、略称BJJ)は、グレイシー柔術から発展したブラジルの格闘技。

    ブラジルに移民した日本人柔道家・前田光世が自らのプロレスラーなどとの戦いから修得した技術や柔道または柔術の技術をカーロス・グレイシー、ジュルジ・グレイシーなどに伝え、彼らが改変してできあがった。

    ブラジルではリオデジャネイロを中心にサンパウロやクリチバなどで、長年に渡り盛んに行われている。

    ブラジリアン柔術には、護身術と格闘技という側面があるが、最初に前田光世から手ほどきを受けたカーロス・グレイシーの弟であるエリオ・グレイシーは小柄で喘息持ちであった。そんな彼でも自分の身を守り、体格や力の上で劣る相手でも勝てるように考案されたのがグレイシー柔術で、グレイシー柔術の武道的な側面を簡略化し、競技として発展させたものがブラジリアン柔術である。

    それらは、寝技の組み技主体であるが故の安全性の高さや、全くの素人からでも始められるハードルの低さから、競技人口が急速に増加している。


    ブラジリアン柔術



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    1: 風吹けば名無し 2020/05/04(月) 18:07:53.07 ID:9L6/xcrU0
    急に消えたよな 
    グレイシー一族(グレイシーいちぞく)とは、ブラジルの柔術家一族。

    「コンデ・コマ」として有名な日本の柔道家前田光世が、カーロス・グレイシーに技を指導したのが起源。
    カーロスの弟、エリオ・グレイシーもこれらの技を研究し、「グレイシー柔術」と呼ばれる技術体系を築きあげた。

    エリオは日本の柔道家木村政彦と死闘を繰り広げている。

    1993年にUFCが創立されると、ホイス・グレイシーが出場し、数回優勝。総合格闘技に柔術の概念を持ち込んだことで格闘技を大きく変えたといえる。

    90年代前半から2000年代前半にかけて「最強」と呼ばれることも多く、ヒクソン・グレイシー、ホイス・グレイシー、ヘンゾ・グレイシーらがUFCやPRIDE、VTJに出場した。

    桜庭和志とグレイシー一族との戦いも有名。
    ホイラー・グレイシー、ホイス・グレイシー、ヘンゾ・グレイシー、ハイアン・グレイシーが桜庭に挑んだが、勝利を奪う事はできなかった。
    ヒクソン・グレイシーは、ホイラー戦終了後に桜庭和志から対戦を要求されたが、これを拒否している。

    その後、ホイス・グレイシーは桜庭と再戦を行い勝利し、リベンジを果たしている。また、2010年にはハレック・グレイシーが桜庭に挑み、勝利している。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/グレイシー一族



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